アプローチの前に(3)
患者へのアプローチは、アプローチ前のアプローチ認識から始っています。ささいな“アプローチミス”が強烈な情動由来の『メンタルディファンス』を生み、交感神経の異常緊張を伴う『マッスルディファンス』へ変化していきます。心因性から生じた交感神経の異常緊張を伴う『マッスルディファンス』は他覚的診断を誤らせる最大原因となりえます。悲惨なのは“アプローチミス認識”のない治療結果です。初診患者の心理は口をつく言葉とは裏腹に実に複雑です。治療に対する期待より不安が大きく、来院さえ自分自身の意志ではないケースも珍しくはありません。患者は『あなたへの絶望』をお礼の言葉と笑顔に包み隠し“アプローチミス”を責めることなく、完治を理由に通院を拒み、去って行ってしまいます。
患者と治療家との出会いは、見ず知らずの人との“偶然の出会い”ではなく患者が望んだ出会いです。通常、出会いを希望する側は出会いたかった相手と出会えれば好意を持って迎えてくれます。しかし、患者と治療家との出会いは少し複雑です。患者は自身を苦しめる疾病の“治療や改善”を条件に期待と不安を胸に秘めて治療家を探します。自らに襲いかかる病魔から救ってくれる“ホワイトナイト”を求めて多くの医療機関をさまようケースも少なくはありません。「やっとたどり着いた。しかし、ここもダメかも」
〔エピソード〕
20年以上前のことですが、10代の患者さんが連日数時間をかけ教師猫の治療室へ通ってきました。最初に受診した某大学病院の医師から、整形外科的手術と術後の車椅子生活を宣告されたそうです。『最初の病院でこんな宣告を受けても納得できないでしょう。気が済むまで多くの病院を受診しなさい。その結果十分納得できて、もし手術をこの病院で行なうなら、お手伝いします』と複数の医師の診察を受けることを勧められ、数多くの総合病院・専門病院を受診し、『あなたは若い、治りたければ、ここへ』と某専門病院の待合室で偶然隣に座った人に教えられて、教師猫の治療院へ来院されました。連日の治療にも関わらず、他覚的変化は認められたものの自覚症状(愁訴)は3ヶ月程変化しませんでした。当時、駅から徒歩5分の距離に教師猫の治療室はありました。母親に付き添われ苦痛のためホームを降りて、休みながら歩き、痛々しい姿でたどり着くのに40分の時間が必要でした。病魔との戦いに勝ち『先生、今日は駅から3分で着いたよ』と笑顔ではしゃぐ姿を獲得するまでに、数年の歳月を要しました。後日、母親に『何ヶ月も痛みが全然取れないのに、諦めずに我慢して、よく通院できたね』と尋ねたら、『先生は治すとは言ってくれなかったけど、奥さんの娘を見る顔を見たら、ここなら絶対に治ると思った』という意外な答えが返ってきました。多くの病院で医師が“治る”と言っても側にいる看護婦の顔が曇る体験をしてきたそうです。母親(患者家族)の目は意外な所に付いていると、ある意味で感心しました。余談ですが、本人に尋ねたら、待合室で治療の順番を待っている時に、治療を終えて横に座った人が反対方向を向いて、独り言でもつぶやくように『頑張れよ、絶対に治るからな』と言い残し帰っていった。他に誰もいなかったので、私に言ってくれたと思った。その時、“絶対治る”と感じたと答えてくれました。
動物脳(情動)に最も強く働きかけるのは“凝視”だと考えます。しかし、その作用は常に一定ではなく、時に正反対の結果を生じます。具体例を交えながら、次回からの“アプローチ”で概説していきます。