第7回 単関節筋と多関節筋
単関節筋と多関節筋
単関節筋と多関節筋について解説します。単関節筋や多関節筋という用語さえ聞きなれない指圧師も多いようですが、これらに対する意識や知識は押圧法習得や臨床現場に欠かせません。骨格筋は関節をまたぎ、複数の骨に付着しています。この時、“機能解剖学的”に、1つの関節をまたぐ筋を単関節筋、複数の関節をまたぐ筋を多関節筋と呼び分類します。単関節筋は抗重力機能に優れ抗重力筋と呼び、多関節筋は推進力に優れているため推進筋と呼びます。
機能解剖学的認識の重要性
骨格筋を機能解剖学的に分類し単関節筋と多関節筋について学ぶことで押圧法の独自性や合理性をより早く理解することができると考えます。さらに、これらの知識や意識は押圧法の習得をも早めます。進化に伴い、水中から陸上を求めた動物は、腹這い、四這い、さらには二足歩行と高度な抗重力機能を獲得して来ました。このような抗重力機能の獲得は単関節筋の進化によるものです。単関節筋には抗重力機能のみならず、優れた精密機能や分離機能さらに随意機能があります。押圧法では、これらを加圧動作に取り入れ高度な操作を可能とし、多関節筋の優れた推進機能や複雑機能、さらには瞬発力を移動動作に取り入れています。単関節筋や多関節筋という骨格筋に対する“機能解剖学的な認識”が高度随意性や支点力点を定めない分離動作、さらに腕力を必要としない操作技術習得に重要です。
足趾の指作り
押圧操作習得に抗重力(自支)機能の獲得は不可欠です。この大半を担うのが下肢の単関節筋です。練習後に大腿四頭筋や内転筋群などの筋力不足を痛感し、スクワットなどの下肢単関節筋の筋トレに励む必要はありません。自力で走れないほど下肢の筋力が低下していない限り下肢単関節筋の筋力を増強する必要はありません。練習後に腰部や大腿部に疲労や筋肉痛を訴える原因は下肢多関節筋の操作知識や技術不足によるものがほとんどです。上肢は多関節筋を固定し単関節筋による精密な加圧動作を行ないます。下肢では多関節筋の持つ推進機能で主な移動動作を行い、複雑動作や瞬発力で抗重力機能と推進機能を効率よく補います。押圧法での抗重力(自支)機能に必要なのは筋力ではなくバランス能力です。抗重力(自支)機能獲得の練習は最大スタンスでバランス能力を養って下さい。
【指作りとは“手指を作ること”ではなく、手指と足趾の双方を作ることです】
非力で不器用でも
指圧(押圧法)の創始者で、師匠の浪越徳治郎先生は小柄(身長160㎝位)で、お世辞にも“筋肉質”とは呼べない体格でした。さらに、映画出演の為に“百円ライターの着火”に特訓が必要なほど手指操作は不器用でした。しかし、その治療技術は神業と称され90歳でも現役でした。これらを可能としたのは、基本認識と習得練磨の継続にあったと考えます。〔継続は力なり〕
参照資料
押圧操作では、加圧動作と移動動作を厳密に区別しています。この区別は押圧法の基本です。さらに、その随意性を高度なレベルで要求されます。ですから、単関節筋と多関節筋に対する知識や意識は、その基本の基礎なのです。押圧操作の基礎練習時に“内臓筋や心筋は不随意で骨格筋は随意”という認識には考慮が必要です。右腕で3回羽ばたき、その後、左腕で2回羽ばたくことは容易です。しかし、この動作に同時開始と同時終了を条件とした場合は難易度が上昇します。これが多関節筋の分離性のなさや随意性の低さです。「操作を頭で理解できていても身体がついていかない」と嘆くより、単関節筋や多関節筋の機能を認識し、効率の良い訓練法で習練に励んでください。
ピアノの音を出すだけなら鍵盤に触れた指を単に1㎝程度沈めれば可能です。この操作は指節間関節や手根関節、肘関節の単純な単独屈伸操作のみでも可能です。関節可動運動を随意に分離し精密に習練せずに行うには、単関節筋のみの操作と負荷の制限が必要となります。
多関節筋のみでは困難な精密分離動作も、無負荷を条件が可能であれば単関節筋のみで行えます。しかし、無負荷は理論上のことで、現実には空論です。遠位多関節筋群の自支操作と近位単関節筋群での加圧動作の獲得で、精密な分離動作の持続も可能となります。
脳性麻痺では、進化した単関節筋に強い麻痺が現われ、原始的な多関節筋には痙性が強く現れます。相反性の神経支配(拮抗筋の弛緩)等もうまく働きません。同時に屈伸両側の筋収縮が生じてきます。これらは、随意性や抗重力機能の低下に留まらず、関節の脱臼や骨変形をまねく原因ともなります。
単関節筋と多関節筋の比較
単関節筋 | 多関節筋 |
抗重力(抗重力筋) | 推進力(推進筋) |
筋が短い | 筋が長い |
筋力は弱い | 筋力は強い |
付着部が多い(筋の長さに比べ) | 付着部が少ない |
進化し随意性が高い | 原始的で随意性が低い |
遅筋の比率が高い | 速筋の比率が高い |
分離運動が可能 | 分離運動が不可 |
精密動作が可能 | 複雑動作が可能 |
原始反射を抑制する | 原始反射を亢進する |