脳性麻痺ってどんな病気ですか?

『てのひらの会・咲夢 』資料より

脳性麻痺とは

脳性麻痺とは、運動機能の学習習得以前に脳の運動神経が傷ついた病気で、機能障害の改善や向上に運動機能の回復訓練(リハビリテーション)ではなく、運動機能の“学習や習得が可能となる条件”を必要とする、特殊な病気です。


医学用語の約束

医学用語に限らず、専門用語は定義のもとに使用されます。これは、短い文章で正確に事柄を伝えるために便利ですが、用語の定義が曖昧だったり、理解できないと逆にわかりにくくなります。専門用語にはセンスで使用されるものもありますが、医学専門用語は厳密な学問的内容で定義されて、使用されています。しかし、日常的に使用されている言語は、その時代によって意味が変化することがあります。これでは用語をいかに厳密に定義しても、時代によって意味が異なってきます。そこで、国際的な医学用語には、かつてローマ帝国で共通語として使用されたラテン語を用います。ラテン語は、20世紀初頭までカトリック教会の公用語として世界中に広まり、現在は使用されない死語となっています。死語で用語を定義すれば、時代が変わっても意味が変わることはありません。医学の専門用語が、いかに厳密な学問的内容で定義されているかを、医学用語に死語(ラテン語)を用いる理由からイメージ的に理解してください。


約束の具体例

本題に入る前に、もう少し医学用語の定義や用法について説明いたします。
医学専門用語に『炎』という用語があります。“ほのお”ではなく“えん”と発音し、『炎症』の意味で使用します。病名の場合は、胃炎・皮膚炎・鼻炎などと『炎』の前に患部の名称がつきます。さらに、薬物性胃炎とかストレス性胃炎など、胃炎を起こした原因名を前に付けて呼びます。ですから、皮膚炎とは、皮膚が炎症を起こした病気です。アレルギー性皮膚炎は、アレルギーが原因で、皮膚が炎症を起こした病気という意味です。さらに『炎症』は、身体の一部に炎症の五大兆候と呼ばれる発赤〔ほっせき〕・疼痛〔とうつう〕・腫脹〔しゅちょう〕・発熱・機能障害が現れた場合を呼びます。発赤とは、局所が充血し赤くなること。疼痛は、うずき痛むこと。腫脹は、腫れること。発熱は、熱が出ること。機能障害は、働きが妨げられていることです。ですから、 “家のほこりが原因で鼻の粘膜が充血し赤くなり、うずき痛み、腫れて、熱を出し、鼻の粘膜の正常な働きが妨げられている”状態を『ハウスダスト性鼻炎』という一言の用語で、正確に表すことができます。医学用語は、短い文章で正確に事柄を伝えるために、“一文字一句”がそれぞれに定義され、使用されているということを認識してください。


約束に慣れてください

「脳性麻痺ってどんな病気ですか」の本題に入ります。専門的用語や専門用語の後にカッコをつけ、カッコ内に日常的説明を記入します。次に同じ意味の用語を使用する場合は、日常的説明ははずします。最初は読みにくく、最後は難解になりますが、脳性麻痺のお子さんに対応されるために『医学専門用語』の習得は大切です。徐々に慣れてください。なお、わかりやすく説明するため医学用語の厳密な定義を略し、概要的な説明に留まることをご了承ください。


成人では診断名が異なります

脳性麻痺とは、様々な原因で生じますが、胎児期(お母さんのお腹にいる頃)や乳幼児期(赤ちゃんの頃)に、脳の運動神経(身体を動かす神経)が傷ついて、運動麻痺(自分の意思で身体を自由に動かせない状態)が生じた病気です。
脳性麻痺という診断名は胎児期や乳幼児期に発病した場合に使用されます。
脳性麻痺と“同じ原因で同じ症状”が生じても、成人では診断名が異なります。
脳性麻痺が小児特有の疾患であるためで、脳性小児麻痺とも呼ばれます。


脳梗塞の後遺症

成人の脳の運動神経が傷つき、運動麻痺が生じた場合も、運動麻痺の原因は脳の運動神経にあるのですが、脳性麻痺とは呼ばずに、その原因に由来する診断名で呼ばれます。成人の脳神経(脳の神経)を傷つける代表的な病気に、脳梗塞〔のうこうそく〕があります。脳の動脈が血栓(血液の塊)などで閉塞(ふさがり)、血液が流れなくなると、その血液から栄養や酸素を受け取っていた脳の細胞は、栄養や酸素が受け取れず死んでしまいます。組織や細胞が局部的に死ぬことを壊死〔えし〕と呼びます。脳梗塞とは、脳の動脈が血栓などで閉塞したことが原因で、脳に壊死が生じた状態です。病気やけがの主症状が、治癒したあとに長く残存する機能障害を後遺症と呼びます。閉塞が治療などで再通した場合や、その動脈が養っていた脳の神経が全て壊死した場合は、脳の細胞がそれ以上壊死することはありませんが、壊死した神経細胞が支配していた部分に、神経麻痺(注:脳梗塞による麻痺は、運動神経と知覚神経のいずれか、又は双方に生じます。そのため神経麻痺と書きましたが、運動麻痺の意味で読み進んでください)が生じます。この神経麻痺は、脳梗塞の後遺症と呼びます。


脳性麻痺は後遺症名

脳性麻痺への対応で、まず必要なことは、脳性麻痺が後遺症であることの認識だと考えます。重複しますが、脳性麻痺は原因を表す用語ではなくて、胎児期や乳幼児期に脳の運動神経が傷つき、その後遺症として運動麻痺が生じた状態を表す診断名で、脳の運動神経の非進行性(さらに傷ついていくことがないこと)と、傷ついた脳の運動神経の不可逆性(二度と元に戻らないこと)が確認されることも、診断の条件となっています。脳梗塞による神経麻痺の場合は“脳梗塞の後遺症”と呼びますが、脳性麻痺という診断名は後遺症を意味し、単独で後遺症を表す用語であることを再確認してください。


予後が著しく異なります

脳性麻痺と“同じ原因で同じ症状”が成人に生じたとしても、成人が脳性麻痺と診断されることはありません。原因や症状が一致しているのに、同一の診断名とされない理由は、病気の予後(経過についての医学上の見通し)の著しい違いによるためです。成人の脳梗塞の場合は、発症後一年程度で回復可能な範囲までほぼ回復しその後の変化は少ないのです。しかし、脳性麻痺児の場合は、後遺症として残った障害に、“小児”という複雑な様々な要因が関与して、多年に渡り様々な変化が生じ様々な状態を引き起こします。簡単に言えば、成長に伴う障害の進行です。原因や症状が一致していても、予後が著しく異なるため、脳性麻痺や脳性小児麻痺という独自の名称で呼ばれます。


回復の可能な範囲の存在

脳性麻痺には、脳性麻痺独自の対応が必要です。それは、予後が著しく、異なるためです。まずは脳性麻痺児に対する“正しい予後認識”の必要を感じます。『成人の脳梗塞の場合は、発症後一年程度で回復可能な範囲までほぼ回復し、その後の変化は少ない』と説明しましたが、この文中に、脳性麻痺の予後と全く異なる内容が記載されています。それは“回復可能な範囲”ということです。人の運動機能は、生後の学習によって獲得するもので、通常の運動機能を獲得するために15年位の年月が必要です。小児が独特で、ぎこちない動作を行なうのはこのためです。運動機能学習が15年位の期間を必要とすることが、乳幼児期と成人期に起きた運動神経障害の予後を著しく異なるものとする原因となります。発症前に、運動機能を学習し習得したために存在する“回復の可能な範囲”が乳幼児には、ほとんど存在しないことを認識し、対応することが必要です。


傷ついた脳の運動神経

脳性麻痺と診断されたら、原因疾患(その原因となった疾患)は、治っています。仮に、原因疾患が不明でも、非進行性が認められなければ、脳性麻痺とは診断されません。さらに、傷ついた脳の運動神経が元に戻ることもありません。二度と元に戻らない不可逆性も、脳性麻痺診断の条件で、予後に不可逆性が認められない場合は、脳性麻痺とは診断できないからです。酷な表現ですが、お子さんが脳性麻痺と診断されたら、原因疾患はすでに治っていて、原因疾患がさらに悪化することはないと考えて良いのですが、傷ついた脳の運動神経が、元に戻ることはないと認識して、「わが子は、健常者よりも少し運動機能の成長が遅いだけで、そのうちに追いつく」という考えをすて、正面から脳性麻痺に向き合って下さい。現代の最新医療を駆使したとしても、脳性麻痺児の傷ついた脳の運動神経が元に戻ることはありません。最先端の研究で、脳の神経細胞が再生することが明らかになり、再生の研究も始まっていますが、基礎研究の段階です。


わが子の脳性麻痺を治す

脳性麻痺は治りません。その理由は不可逆性を脳性麻痺と定義の一つとしているからです。定義の議論はさておき、脳性麻痺児の問題は運動麻痺で、最優先課題は運動機能障害の改善だと考えます。“わが子の脳性麻痺を治す”から、『運動機能障害の改善手段を行なう』にチャンネルを切り替えてください。


萎縮〔いしゅく〕について

筋肉や骨は、使用しなければ衰えていきます。衰えることを専門用語で、萎縮〔いしゅく〕と呼びますが、使用しなければ萎縮するのは、筋肉や骨の性質です。使用しないことが原因で起きる萎縮を、不動性萎縮〔ふどうせいいしゅく〕とか、廃用性萎縮〔はいようせいいしゅく〕と呼びます。この不動性萎縮は、健常者にも生じます。アメリカ航空宇宙局(NASA)での不動性萎縮実験で、20代の健康な被験者でも、10日間の高度な安静を保たせると、実験終了直後で90%前後が“立ち上がること”さえ困難をきたすことが確認されています。脳性麻痺児の運動麻痺は、深刻な不動性萎縮の原因となります。さらに、脳の運動神経が傷ついたために、自分の意思とは無関係に、勝手に筋肉が動いてしまう “病的反射”も生じます。激しい動きの病的反射に襲われて、筋肉の疲労が極限に達しても、自分の意思で病的反射を止めることはできません。筋肉は疲労を超え、回復しにくい過労となります。これも萎縮の原因となり、疲労性萎縮とか過労性萎縮と呼ばれます。原因に関わらず、萎縮した筋肉は新陳代謝が低下して、わずかな刺激でも伸張反射などを引き起こす、過緊張状態ともなります。これらは、慢性刺激となり、関節などにも悪影響を与え、運動機能低下の悪循環ともなります。


機能回復訓練と予後の違い

不動性萎縮による運動機能低下の悪循環は、脳性麻痺に限りません。これは、健常者にも起こりうることですし、成人の脳梗塞後遺症にも頻繁に出現します。しかし、同程度の障害に同様の治療をおこなったとしても、成人の脳梗塞と脳性麻痺とでは、予後は著しく異なります。その理由のひとつが、成人には存在する運動機能の“回復可能な範囲”が、乳幼児にはほとんど存在しないことです。
回復可能な範囲が存在すれば、それは機能回復訓練(リハビリテーション)でも回復することも可能ですが、胎生期に発症した脳性麻痺児に対して、機能回復訓練は無効です。聞いたこともない外国語は、絶対に思い出せません。


脳性麻痺の独自性

原因や症状が一致していても、胎児期や乳幼児期に発病したものを独自の名称で呼ぶ必要があるのは、脳性麻痺児の成長に伴う障害の進行です。成長に伴う障害の進行については、『後遺症として残った障害に、小児という複雑な様々な要因が関与し、多年に渡り様々な変化が生じ様々な状態を引き起こす』といわれます。確かにその通りなので、脳性麻痺の定義を定めるには十分なのでしょう。しかし、この表現で脳性麻痺児に対応する具体的な対策を思考しようとすると、あまりにも抽象的で雲をつかむような表現です。そこで、私たちは、脳性麻痺に原因や症状が一致する成人の疾患と脳性麻痺との様々な共通点を取り除いて、脳性麻痺の独自性を探求しました。それは、脳性麻痺の独自性を解明し、これらを改善することができれば、脳性麻痺独自の苦しみから患者を解放する可能性が生じると考えたからです。


学習という人の宿命

脳性麻痺の独自性を探求した結果、そこに存在したものは脳性麻痺独自のものでなく、 “人は、他の哺乳類より優れた能力を数多く備えているが、この能力は学習しなければ習得できない”という人の宿命的なものでした。・・・別項参照
人は言語を操る唯一の動物です。しかし、操れる言語の種類は遺伝的に定められたものではなく、環境から学習によって得られた種類の言語です。健常者であっても言語を学習できない環境で育てば、他人から発せられた言語を言語として理解することさえ不可能となります。人は“あらゆる能力を学習しなければ得られない”という宿命的な課題を背負わされていることを認識してください。この学習し習得するという宿命的な課題の中で、脳性麻痺患者の運動機能を学習し習得する環境は最悪といえます。その最大の障害は筋肉の性質と地球の重力です。脳性麻痺患者の様々なハンデが、筋肉の性質と地球の重力によって悪循環を余儀なくされてしまっているのです。


操り人形と人形師

人は正常に生まれても、全てを学習する必要があります。 【正常な未熟児】
学習とは経験による後天的発達で、学習によって習得することです。健常児の運動機能学習習得と成人の脳梗塞後の機能回復訓練。さらに、脳性麻痺児の運動機能習得の問題点について、操り人形と人形師の操作技術や学習習得を例に説明します。

二人一組の人形師が、下記の条件で人形を操る。人形の可動部は動かせば徐々にスムーズに動くようになり複雑な動きも可能となるが、動かさなければ徐々に錆付き硬くなる。そして最後は、固まって動かなくなる性質を持つとする。舞台より8m高い位置から一人の人形師が、舞台にいるもう一人から人形(体長は1m。各部位の100箇所に人形操作用の長さ10mの細くて透明なナイロン糸を取り付けた人形)の動きの報告を受け操作する。

健常児の運動機能の学習法と習得結果は、人形操作をまったく知らない二人の見習い人形師が一組になって練習を始めた状態に例えることができます。人形と糸との関係も理解できていない二人組ですが人形の動きの報告に基づき人形と糸との関係や動きを知り、操作技術を徐々に学習習得できると考えられます。最初は試行錯誤の連続でしょうが、日々弛まぬ努力を続けたとすれば、15年後には彼らに操られる人形は自在な動きを見せてくれるでしょう。

もし、人形を舞台に下ろす時に人形の糸と糸が絡んだらどうでしょう。人形操作に熟練したベテラン組と人形操作をまったく知らない(人形と糸との関係も理解できていない)見習い組の人形師とでは結果が著しく異なると考えます。人形を知り尽くしたベテラン組の人形師は即座に糸が絡んでいることを理解して、絡んだなりに動かすことができます。絡んだ糸はほぐせなくても、絡んでいない部分を操り、絡んだ部分の動きを補うことも可能です。当然、人形の可動部を動かさないと動かなくなることも熟知していますので、動かなくなってしまう部位も最小限にくいとめることが可能です。ベテラン組の人形師にとって数本の糸の絡みは“数本の糸の絡みの影響”です。しかし、人形操作を習得していないだけでなく、糸と糸が絡んだことさえ理解できない見習い組の人形師にとって、数本の糸の絡みは人形操作を学習し習得する障害となるばかりでなく、可動部を錆付かせ人形操作の学習習得をさらに困難なものとする悪循環の誘因となります。運動機能の習得法や筋肉の不動性萎縮を動かさなければ錆びて動かなくなるという性質を持つ操り人形に例えてみました。


地球の重力

運動麻痺患者にとって機能の回復や学習習得に関わらず、それらの障害となるものに地球の重力があります。詳細は別項で説明しますが、筋肉支配は正常におこなわれても筋力が重力に対抗できなければ、動かすことはできず悪循環を余儀なくされてしまいます。抗重力機能(重力に逆らって行動する能力)も学習し習得しなければ萎えてしまい、その能力を発揮することはできません。

脳性麻痺児に必要な条件

脳性麻痺児に進行性のような症状が現れるのは、運動機能を学習するための条件が欠けたためで、運動機能の学習習得と機能回復とでは根本から異なると考えます。学習していないものを思い出せという考えは酷ではないでしょうか。
脳性麻痺児の運動機能改善には、学習や習得が可能となる条件が必要です。

脳性麻痺や脳性麻痺児への対応は、まず正しい理解が必要です。
詳しくは、専門医にご相談下さい。そのキッカケになれば幸いです。

【備考】

犬や猫では、泳ぐための学習を行なっても、アザラシやオットセイのように水中を巧みに泳ぐことはできません。しかし、泳ぎを学習しなくても、いきなり溺れることはありません。アザラシやオットセイが、全く泳ぎを学習しないで育った場合は溺れてしまいます。犬や猫は本能的にも泳げますが、アザラシやオットセイには、巧みな泳ぎを学習し習得する能力が備わっているだけです。彼らが巧みに水中を泳ぐためには、水中の泳ぎを水中にて学習し習得することが必要となります。

学習指導において「禁止語」の使用も問題です。例えば、車の運転で最も重要なことは、危険回避です。「人が飛び出したとき、アクセルを踏んではいけない」と指導したとします。この指導は、間違いではないでしょうが、危険だと考えます。前方に人を発見した運転者の脳に「ア・ク・セ・ル・を・踏・ん・で」という指示が飛び込んできます。この瞬間、運転者の意識はアクセルに向います。次の瞬間に「は・い・け・な・い」という指示が飛び込んできますが、既に脳は混乱状態です。「~しては、いけない」という禁止語での指示は脳を混乱させる確率が高くなると考えます。運動機能獲得には学習効率をあげる工夫も不可欠と考えます。